最高裁判所第三小法廷 昭和36年(オ)1157号 判決 1963年5月21日
主文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
理由
上告代理人神谷安民の上告理由第一点について。
訴外小谷野栄治は本件手形債務の承認につき被上告会社より何らの権限も与えられていなかつた旨の原審の認定は、挙示の証拠に照し、首肯するに足りる。そして、右訴外人が、所論のように、嘗つて会計係として被上告会社に雇傭されていたものであり、また、現に被上告会社の帳簿類整理の仕事をしていたものであつても、そのことから当然に右訴外人が本件手形債務の承認をする権限を有するものといえないことは明らかであり、また、被上告会社において同訴外人に右権限のないことをもつて上告人に主張しえないと解すべき何らの根拠もない。所論は、原審適法の事実認定を争うか、または、独自の見解により原判決を攻撃するに過ぎず、採用するに足らない。
同第二点について。
被上告会社は、上告人に対して負担する判示金銭消費貸借上の債務の支払方法として、上告人に宛て本件手形を振出したものである旨の原審の認定は、挙示の証拠に徴し、首肯できる。所論は、結局、原審適法の事実認定を非難するに帰着し、採用できない。
同第三点について。
本件手形は原判示消費貸借上の債務の弁済方法として振出されたものであつて、本件手形上の権利が時効に因り消滅しても、上告人は、なお、右消費貸借上の債権を行使できるから、被上告会社が利得したとはいえず、従つて、本件利得償還の請求は許されない旨の原審の判断は正当である(当裁判所昭和三六年(オ)第一一七号、同年一二月二二日云渡判決、民集一五巻一二号三〇六六頁参照)。所論は、独自の見解として、採用できない。
同第四点について。
所論のように、本件手形上の権利が時効に因り消滅した後、本件消費貸借上の債権もまた時効に因り消滅しているとしても、該債権の消滅は上告人がその行使を怠つた結果に外ならず、被上告会社において右手形上の権利の消滅により利得したものとはいえないから、上告人に利得償還の請求権が発生するものではない。従つて、所論の点につき上告人をして釈明せしめなかつた原判決に違法があるとはいえず、所論は、採用できない。
よつて、民訴四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 五鬼上堅磐 裁判官 河村又介 裁判官 垂水克己 裁判官 石坂修一 裁判官 横田正俊)